ヴェーダ占星術コースのイントロです。ヴェーダ占星術を生み育んだインドについて、そしてわたしのヴェーダ占星術との衝撃的な出会いについて書きました



ヴェーダ占星術はインドの占星術で、4000年〜5000年前から伝承されています。インドの伝統は、一時の、その場限りのものではありません。実際、これは驚くべきことです。

たとえば西洋占星術を学ぶとしましょう。さっそくギリシャへ飛んでアテネの街角に立ってみましょう。古代ギリシャ人は、かつて路上で占星術をおこなっていましたが、いまはその姿はまったく見あたりま せん。

しかしインドでは、古代インドと同じように、いまでも街中で占星術家を見かけることができます。

もし真剣にヴェーダ占星術を学びたいのであれば、いつかはインドへ行ってみましょう。たしかにインドは、人口10億人の国です。ほとんどの人は、環境汚染とどん底の貧困を生き抜くので精一杯です。

しかし昔からインドは今日のようだったわけではありません。たとえば、次のようなことをご存じですか?

インドはかつて地上でもっとも裕福な国でした。紀元前3000年頃
のインドの都市は、ヨーロッパのどの都市よりも技術的に進んでおり、 ルネッサンスの時代までそうでした。

初期の頃のヴェーダの聖仙たちは、数字、小数点、算数、三角法、積分、πの値を考案していました。

アルバート・アインシュタインは、「わたしたちはインド人に負うところが多い。インド人は、数え方を教えてくれましたが、それなしでは有益な科学的発見はどれひとつとしてなしえなかったでしょう(We owe a lot to the Indians, who taught us how to count, without which no worthwhile scientific discovery could have been made.)」と言いました。

最近では、ヴェンチャー・ビジネスで多くのインド人が活躍しています。たとえば、ペンティアム・プロセッサーを開発したヴィノド・ダーム(Vinod Dham)、サン・マイクロシステムズの共同創始者ヴィノド・コーシュラ(Vinod Khosla)、ホットメール(hotmail)の開発者サベール・バーティア(Sabeer Bhatia)、そしてヒューレット・パッカードの統轄本部長ラジフ・グプタなどです。

英語の「ナヴィゲーション(navigation)」という言葉は、サンスクリット語で「9つの動き」を意味する「ナヴガーティ(navgatih)」と いう単語から来ていますが、これは9つの惑星を指しており、文字 通りナヴィゲーション(航海)に使用されていました。これは占星術と天文学にヴェーダ文明が取り入れられていることを示す一例にすぎません。

マーク・トゥエインは、「インドは人類のゆりかご、人類の言葉の発
祥地、歴史の母、神話の祖母、伝統の祖父母だ(India is the cradle of the human race, the birthplace of human speech, the mother of history, the grandmother of legend and the great grand mother of tradition)」と言いました。

 



これらの事実を知ると、インドは単なるだらしない国ではないということに気づくしょう。インドにはすばらしい過去があり、それらは、ヴェーダ占星術、アーユルヴェーダ、ヴァストゥ(インド風水)、サンスクリット、音楽、踊り、ヨーガ、宗教というかたちで、今日でも息づいています。

そしてそれぞれの分野では、生のマスター(師)が存在し、もし彼らに師事するなら、残りの人生を多忙に過ごすだけのカリキュラムを与えてくれます。しかもそれぞれの分野は、長い伝承の系譜を遡ると、瞑想による直感智によって直接高い世界から教えを最初に降ろしてきた聖仙(リシ)たちにまで行き着くことができます。

いまなお実践されているヴェーダ占星術には大きく二つのシステムがあります。ひとつはパラシャラで、もうひとつはジャイミニです。それぞれ、聖仙パラシャラと聖仙ジャイミニによって編集された占星 術システムです。

聖仙パラシャラは、「ヴェーダ占星術の父」と言われており、ヴェーダ占星術、つまりジョーティシュ(光の科学)の主要な法則を、「ブリハット・パラシャラ・ホラ・シャストラ(Brihat Parashara Hora Shastra)」といわれるサンスクリットの聖典にまとめました。これはパラシャラ・システムと呼ばれるヴェーダ占星術の基礎を為します。パラシャラ・システムは、今日インドで最も使われているヴェーダ占星術です。

 

1992年、わたしは初めてインドへ赴き、ニューデリーの故Rサンタナム師のもとで学ぶ機会を得ました。故サンタナム師は、聖仙パラシャラの「ブリハット・パラシャラ・ホラ・シャストラ」の英訳者として知られています。

インドを旅するときのたいへんさは、みなさんもいろんなところで何度も聞いているでしょうから、実際にどれほどたいへんだったかをここで詳細に書くことはしません。しかし、アメリカを出る前からサンタナム師と連絡を取り合って住所を詳細に聞いていたにもかかわらず、案の定、リキシャーで信じられないくらいの雑踏と混乱のなかを3時間も駆けめぐり、何度も道に迷い、ようやくのことで師の家にたどり着きました。ジェームズ・ブラハ(James Braha)は、著書「アストロ・ロゴス
(Astro Logos)」のなかでRサンタナマ師のもとで学んだ経験を書いていましたが、彼に連絡を取らなかったら、まったく準備はしなかったでしょう。幸いこのドタバタは、価値のあるものでした。Rサンタナマ師は、丸4日間、スケジュールをキャンセルして、わたしの 勉強につきあってくれました。

それはたいへんスリリングな経験でした。わたしはまっさらなテープとノートブック、そして知り合いのチャート30人分をもっていき、毎日8〜10時間を一緒に過ごしてくれました。とめどなくだされるチャイを飲みながら、Rサンタナマ師は、それぞれのチャートを見ながら、過去の出来事をスラスラと述べ、どうしてそういう結論になるのかを説明してくれました。

Rサンタナマ師は、わたしの兄がスペース・エンジニアを専攻し、コメディアンをやっていること、姉が学校の先生をしていること、そして両親は、わたしが6歳の時に離婚したことを知っていました。Rサンタナマ師はまた、わたしの友人が、なかなか子供に恵まれないことも、そして義理の姉が出産間近なことも知っていました。未来のことでは、わたしが将来、心理学で修士号を取得すると言いましたが、当時はそのつもりはありませんでした。また、わたしが心理学とヴェーダ占星術を融合させるとも言いました。いずれも、そしてその他の予言も、現実のものとなりました。

最も驚いた予言は、わたしの親友に関するものでした。わたしの親友は、当時、アマチのアシュラムに出家する直前でしたが、Rサンタナマ師は、彼が2002年までに結婚するだろうと言いました。もちろんそれは、友人にとって一番あり得ないことでした。しかし彼が2000年になってある女性と出会ったとき、わたしは、Rサンタナマ師の予言がまた成就したことに気づきました。Rサンタナマ師が10年前に予言したとおり、友人は彼女と結婚しました。

2000年のインド旅行では、古代のヴェーダ占星術の伝統を思いがけなく垣間見ることができました。それは、インドで一番神聖な川であるガンジス川の源流、ヒマラヤの聖地ガンゴトリへの巡礼の途中でした。

ガンゴトリへの途上にある休憩地、ガンガナニと呼ばれる温泉保養地に停泊しているとき、まわりを探索してみる気になり、少し歩いてみました。すると、温泉プールから少し丘を登ったところで、小さな寺院に行き当たりました。

なんと驚いたことに、そこには「パラシャラ・アシュラム」とヒンディー語で書いてありました。英語を解する人に、手当たり次第でその謂われを訪ねたところ、この地は、ヴェーダ占星術の父である偉大な聖仙パラシャラが、何千年も前に30年間住んでいたということがわかりました。この寺院には、パラシャラが瞑想の時に座っていたと言われる石と、彼の石像もおいてありました。